天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

わたしと祖母と詩篇の交唱

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小さい頃一緒に暮らした祖母は、わたしに週に3回ほど詩篇の交唱を教えました。4歳位から。

 

わたしが生まれた頃、父は小学校教師を辞めて神学校に行っていて、わたしを連れた母を、群馬県前橋市で開拓伝道をしていた祖母に預けました。

 

その後、長崎、熊本と、移動していくときも祖母は一緒でした。

 

食前のお祈りが長すぎる祖母は、聖句の暗唱もよくしていました。

 

交唱は、礼拝の時に、詩篇を交互に唱えることですが、家では交読のかたちでも行いました。

 

当時は子供すぎてそれが何か分からなかったけど、わたしを部屋に呼び繰り返した詩篇の交唱は、今もずっと頭に残っていて不思議。

 

わたしにとって詩篇はずっと交唱だったから、答唱詩篇を聞いた時もすっと入った。

 

祖母は「信仰か命かを選べ」と祖父に日本刀を突きつけられ、その晩、子供7人(上の2人は結婚していた)と夜、家を出たひと。

 

わたしには優しいおばあちゃんだったけど、強い祖母。詩篇が好きで、よくわたしを呼んで「ここから」と詩篇を指さしました。

 

祖母は95歳で亡くなりました。

 

同居していた叔父宅で、一緒に晩御飯を食べて、寝る前のお祈りを叔父として、夜中に亡くなっていたようです。

 

わたしが入院したりした時に限って、祖母の夢をみます。

 

「心配しているよ」と、昔と同じように走り寄って来てくれる夢を。

 

ふたたび、詩篇の交唱を祖母としたいと願っています。

 

参照ブログより抜粋「これはカリタスの愛であり、互いに挨拶を交わし、相手の良好を願うものです。そしてそのアンティフォーナルな(応答的な)性質の内にあって、交唱は天の韻律(rhythms)そのものを反響しています。」

 

典礼の交唱(アンティフォナ)ーー天の韻律のこだま(by トーマス・ハワード) - 巡礼者の小道(Pursuing Veritas)

http://japanesebiblewoman.hatenadiary.com/entry/2018/05/11/155452

 

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