天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

お誕生日 ありがとうございました

 

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水曜日はわたしの誕生日でした。

火曜日からばたばたと忙しくなり、緊張で落ち着かず、慌ただしい1日になりました。

 

夕方、ちびっこが塾の帰りに「ママに」と、雑貨屋さんでムーミンのタオルハンカチとくまの入浴剤をプレゼントしてくれました。わあい!可愛いよ!ありがとう!

 

わたしは、結婚後に自分の誕生日についてあまり記憶がありません。

もちろん子育て中は忙しく、自分の誕生日など二の次ですけど…

 

わたしは実は甘い食べ物は苦手なほうで、ケーキも頑張って食べたりする感じなのですが、それでも子供たちの誕生日やクリスマスなどには可愛いケーキを買いに行くのが楽しみでした。

 

実家は貧乏でしたが、わたしと妹の誕生日には好きなおかずにケーキを用意してくれて、家族で小さな誕生会をしました。

 

配偶者は結婚当日から同居した姑の誕生日はきちんと覚えていましたから、ケーキを用意してやってくれ、寿司を用意してくれ、と気にしていましたし、わたしも精一杯したいと思っていました。

 

姑は、はるか昔、長男がまだ赤ちゃんだった頃に、わたしの誕生日に小遣いをくれたことがありました。

 

ただ配偶者は、どうしてか全然気にしてないふうにみえて、わたしは数日前から自分でアピールしていました。

 

おめでとうって言って欲しかったのです。

 

配偶者は冗談でなのか、「百均でボールペンでも買えや」と言い、「(自分が)ケーキ買いに行くと、揺れて崩れるから自分で好きにしたら」と言われていました。

また「子育て中の母親だから、自分の誕生日なんて気にならないだろう」とよく言っていました。冗談にも思えず…。

 

だんだんアピールもやめました。

 

子供の人数が増えて、経済的に大変になると、もうケーキを買うなど大変なことでした。

なぜか姑が買ってくればと言ってくれたことが何回かあり、それはありがたく買いに行きました。

 

配偶者は、わたしや子供たちと食事を一緒にとることはありませんでした。

 

ひとり別室でテレビやスマホを見ながら食べたり、パソコンをさわったりする習慣でした。朝もひとり、違う時間帯に食べていましたし。

 

住んだ社宅の構造によって多少違いはありましたが、毎食、ご飯やおかずをお盆に乗せ運んでいました。

 

だから、子供たちの誕生会やクリスマスも、一緒に食卓にはつきませんでした。

 

昔はしつこく誘い、配偶者の機嫌を悪くしてしまい、ますます雰囲気が悪くなる失敗を繰り返しました。

 

同じ屋根の下に居てなお、子供たちの誕生日をお祝いできないのはさみしかったし、子供たちが「なんで?なんで?」と聞いても、「お仕事」と答えるのに何年もかけて疲れていきました。

 

子供たちも小さいうちは納得しても、だんだんと「あっちの部屋にいるのに、テレビ見てるよ、なんで一緒にケーキ食べないの」と言い出し、わたしは苦しさから「いろいろあるんだから」と嘘をたくさんつきました。

 

子供たちの誕生会のたびに、たくさん写真を撮りました。たまたま出張できたおじいちゃんが一緒に写っていたり。配偶者からは「ばあちゃん(姑)と必ず写真撮るように」言われていましたし、一緒にたくさん撮りました。

 

昨年秋に、写真を整理しました。

 

配偶者と子供たちが、誕生日やクリスマスなど、家庭で撮った写真がありませんでした。

 

単身赴任や海外赴任、病気や仕事、たくさんのお父さんたちが、同じように子供たちの誕生日を祝えないかも知れないし。いつもそう考えていました。

 

途中からでもいい、

 

お誕生日おめでとう、大きくなったね、嬉しいね、

 

そう言って、写真を撮ったりしたかったのです。

 

だから、

 

どんどん気持ちが水の底に沈み

 

自分の誕生日など

考えたくありませんでした。

 

子供たちには

「ママはもう歳を数えるのやめたのよ」と

ごまかしました。

 

子供たちも

小学校高学年になると、

友達にきいたりしたらしく

男の子たちはお菓子やアイス

女の子はハンカチなど

わたしの誕生日にプレゼントしてくれるようになり、とても嬉しかったです。

 

もし

配偶者から

百均のボールペン

崩れたケーキ

だったとしても

 

この家に居て

歳をとって

おめでとう

 

そう言って欲しかったなあと

何年も何年も考えました。

 

もちろん、結婚記念日も

忘れていたし…

 

まあ男性は多いみたいだし、仕方ないかなと

 

その時居た教会に手作りケーキを持っていき、皆さんに食べていただくという、わけわからんことをしたことも。(強制お祝い!)

 

配偶者は誕生日などをお祝いするようなことはあまり幼少期はしてないから、習慣がないからと話していて、それもありかなと思いましたが、それでもお祝いしてる写真を見たし、皆無では無かったわけだし、なんでしょうか、しん、とさみしい気持ちになりました。

 

ただ、結婚前には、1度だけティーカップをもらいましたけれど。

 

長い年月で

一緒の思い出も

写真もないのは

ずいぶんさみしいことだな、と

昨年しみじみ考えました。

 

それが

夜中にわたしが

たくさん血を流して

でも

配偶者が

わたしのことを

気にとめなかったことに

つながったように思います。

 

しかたない…

過ぎた時間は戻りませんから。

 

今年

なんにんかに

「おめでとう」言ってもらいました。

 

ありがたい。

ありがたい。

嬉しい。

嬉しいな。

 

いま、生きていてよい、と言われた気がしました。

 

お誕生日でした。

ありがとうございました。

 

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