天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

DV支援の取り組みと、被害者を簡単に殺す支援

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DV支援についての取り組み。

 

「孤独からDV夫の元へ戻る妻  婦人保護施設に入れない単身女性 住居を失った女性への支援(飯島裕子) - Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/iijimayuko/20181206-00106813/

 

わたしが居た場所に近い方式。ただ実際には回復は遠くて時間がかかる。また人により回復過程は大きくちがう。

 

ただ一般人にはそれが我慢できないと思います。「もう立ち直って」が痛い。でもそれは十分理解できます。何しろ相手は、優しい言葉をかけ、一緒にご飯を食べ。話をし、励まし、理解をし、祈り、楽しい時間をすごしたのに……夜中には「悲しい」「もう生きていても良いことない」「あなたばっかり幸せでつらい」と泣くわ、沈むわ……を、春が来て夏が来て秋が過ぎ冬になってもやってます……普通の社会生活をしている方なら、すごく疲れるだろうし、むしろ支援者が無力感を感じるだろうし、それは「……もうそろそろ立ち直って新しい毎日に踏み出そうよ?」と言いたくなるだろうな……

 

でも1度口から出たその言葉を聞いた被支援者は「つらい」とさらに訴え、場合によっては支援者から離れ距離を置き出すし、場合によっては「なんだか立ち直ってきたみたい」と嘘をついて支援継続を訴える……

 

考えただけで気が滅入るありさま……

 

実はわたしはこの両方の立場をいま経験しています。

 

その上でいま思うことは、支援者はしっかりした訓練を受けていなければお互いにとって支援は害になります。

特にキリスト教や慈善団体など、善意の集団は多少の成功体験を持っているだけに危険度が高いです。

 

クリスチャンによる「信仰があれば」「祈りには力が」「あなたには神さまが共に」がいかに痛く、またひとを傷つけるか。またそれは彼らの「信仰」がいかに脆弱なものかを周囲に露呈します。なぜなら思い通りにことが進まないことにいらいらしたクリスチャンは、次に非支援者がどれだけわがままで支援のしがいがないかをまわりに話し始めるから。

 

たぶんDVで、またその後の周囲(身内、友人知人など)の対応で、被害者を殺すのなんて簡単。

「あなたは生きる価値がない」と、数年または数十年植え付けられた人間に「早く回復しないと(支援者にとって、被支援者が)価値がない」と言い聞かせている。

 

通常より激しく自意識が低下した人間にとって、家も家庭も仕事も友人も故郷も捨てた先でさらに「回復しないと(支援者にとって、被支援者が)価値がない(だから地域で暮らしたら迷惑)」となれば、自分の存在を消す意味で死ぬほうが簡単。

 

そして……気がついてください。

DV加害って、ひとひとりの人生をこれだけ破壊するということに。

 

わたし自身は、決して支援者にはならない、なれない、と決めていますが、それは支援者になることで自分の居場所と自己実現を求める危険さを聞いたからです。

 

年末年始が近ずいて、ますますその危険性を感じる毎日です。

 

 

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