天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

2度とクリスマスを祝えないと思っていた

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ちょうど1年前、次男が隊長を務めていた高校ハンドベルのクリスマスコンサートが終わった翌日に、わたしはちびっこと次男を連れて、住んでいた場所を離れるために飛行機に乗りました。

 

その約3週間前からは、高校ハンドベルのメンバーや教会の病欠の方々やお客様方に差し上げる聖句つきクリスマス布袋を毎晩縫いました。

 

あまり記憶がありません。

 

クリスマスの賛美歌をスマホから流して、たくさんのプレゼント用布袋をミシンしました。

泣いていた気がします。

 

あまりにたくさんの想いがあふれていました。大好きな聖句をスタンプしたカードも、大好きだった教会の方々に差し上げる用意をしました。

 

最後のお礼拝の日には、心の中でいっぱいいっぱいありがとうございましたを言いました。きっとその場所を突然離れることを許してはいただけないだろうなと思いましたが、たくさんのありがとうを心の中で言いました。今も同じ気持ちです。

 

こんなにたくさんの方々を悲しませるなら、わたしはもう2度と笑顔でクリスマスを迎えることはないだろうと思いました。

 

もうひとつ、理由があります。

去ったあとに数ヶ月して、所属教団理事長から、元配偶者は、わたしが姑の年金の入る通帳を持って行ったことにとても怒っていると聞きました。姑の通帳や元配偶者の通帳、わたしの通帳は毎日かばんに入っていて、それはいつなんどき「今すぐおろしてきて」と言われるか、その時に持っていないと大変、というわたしの恐怖間からで、頭が大混乱だったわたしはそのまま毎日のかばんごと持ってきてしまったのでした。

 

その通帳のことを、教団理事長が真っ先にわたしに尋ねたのですが、それを聞いて、身体から力がどっと抜けてしまいました。

 

通帳……姑の年金……

 

わたしは、連れて出たちびっこのことを何より怒り狂うのではないか、と考えていました。子供……。でも、予想は大きくはずれました。

 

きっと「子供が心配なのは当たり前だ」と、言うでしょう。

 

でも教団理事長が真っ先に聞いてきたというのは、それだけ怒りが強かったということで、それは、姑のこと、年金のこと……理事長からは「姑の生活費とわかっていてわざと手持ちしたか」と聞かれましたが……最後まで、何より大切なのは姑さんなのだな、とはっきり思い知らされました。

 

何回も思い出すことです。

 

12月が近づき、気持ちが不安定になりました。

わざとたくさん予定を入れるようにしました。

 

それでも気持ちは乱れ、お友達に励ましをお願いしたりもしました。

 

23日を、祝会のご飯や、シェルタークリスマス会に来る子供たちへのプレゼントを作る時間を持ちながら迎えられたことを感謝します。

 

悲しい気持ちはたくさんあって、きっと一生心のどこかにあるでしょう。

 

でも、それを覆うようにクリスマスを迎える用意をできたり、誰かを想うことができることを、感謝いたします。

 

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