天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

お前は虐待加害者だと心がささやく

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連日の千葉県小学4年女児虐待死事件の報道、日に日に虐待内容が明らかになるようで、テレビのないわたしも文字のニュースでいろいろな情報を読んでいます。

 

家庭という密室での凄惨な虐待内容をあまり深く読まない方がわたしには良いとわかっていますが、つい読んでしまい、動悸がしてめまいがして精神が追い詰められています。

 

特にDV、虐待の加害者である父親との逮捕から数日、実母も虐待に加担という事で逮捕され、少しずつまた新たにわかったことがありました。

 

虐待死した10歳女児に対しては、年明け以降の外出を禁止し、また食事をあまり与えていなかった様子。また千葉への転居前から食事時間がまちまちで、生活が安定しているとは感じられなかった様子。

 

わたし自身、ちびっこの宮崎県での1年半で、「この子は食が細いから、好きなカップ麺を朝食に食べさせたら、少しでも何か口にできて良い」という考えに捕らわれていました。

 

たしかにちびっこは、朝も晩もあまり食が進みませんでした。仕事と介護と教会の用事でふらふらになっていながら気がつかなかったわたしは、ちびっこは小さい時からあまり食べなかったのだし、仕方ないと考えていました。(言い訳のひとつには極小未熟児だった長男も大変少食で、あまり神経質にならずに食べる時に食べさせたらと医師に言われたというのがありますが、ちびっこは生後すぐに心室中隔欠損症が見つかり、たしかに体重も軽かったけれど2歳時には自然閉塞したし、比較してはいけなかったのです)

 

今にして思えばちびっこは、乱れた生活習慣のなかで、食欲を失っていました。学校から下校しても母親(わたし)は訪問介護で留守、友達卓に遊びに行く時にたまにもらう小銭で駄菓子を買い、みんなで5時ぐらいに食べる…夕方帰宅しても、元配偶者と車で毎日スーパーや教会の用事に出た母親は晩8時9時まで戻らず、認知症の姑はわたしが飲み過ぎ防止に台所に隠したラコール(経管栄養)を飲みまくり、晩の支度はまだ。ちびっこはカーテンを閉め切って24時間付けっ放しのテレビのある、床が1年分の書類やちらしやテスト用紙や文具で畳替え見えなくなっている部屋で、与えられた古いアイパッドで延々とYouTubeを観ていました。宿題をすぐにする習慣ができていませんでした。親が教会や仕事や介護を言い訳にしていたから。

 

わたしが帰宅したら(元配偶者はいつもわたしを車で遠いスーパーに連れて行ったりさまざまな用事を晩にする事が多かったのです。日中はスマホを見て過ごす事が多かったから)ちびっこは、紙やお菓子くずが散乱した畳の上で寝てしまっている事が多く、入浴も歯磨きもしないままでした。それが夜の11時ごろ。翌朝、朝6時に起こしてもちびっこはぼんやりしたまま。さらに早起きの元配偶者に宿題をしていないことで叱られまだ怒鳴られ、本当に本当に毎朝号泣、朝ご飯は毎日カップ麺、ひとくちふたくちでもういらないと言いまた怒鳴られ、泣きながら宿題をして、7時に登校しようとすれば、元配偶者が友達の家に車で送ると必ず言う。ちびっこは自分で行くと言うと、親の心がわからないのかとまた怒鳴られ玄関で号泣、…でも元配偶者は元から時間が過ぎる事に無頓着なので、登校時間がどんどん遅れてまたちびっこが号泣、さんざん泣いたりしてやっと重い腰があがり元配偶者が車で学校途中の友達宅に…。実は元配偶者はタバコをどうしても辞められなくて、毎朝送迎帰りにスーパーの駐車場に寄り、喫煙したかったので、ちびっこの送迎がだしに使われていたのですが…。(教派では禁酒禁煙と健康改革を高くうたっていて、牧師が飲酒喫煙というのはあり得ませんでした。ただ結局、元配偶者は結婚前から飲酒喫煙を辞められず、元配偶者に要求されるままにわたしがタバコを買いに日々コンビニに走り、また教会関係者が自家用車に乗った時の為に、車用消臭剤を3個ほど置き、誰か乗る前には理由をつけて待たせている間に念入りににおいを消しました。同じ事を元配偶者の服にも行いました。後でわかりましたが、元配偶者と近しい牧師仲間も喫煙には全く気がつかなかったそうです)

 

この日々のルーティンに、わたしは全く疑問を持っていませんでした。毎朝ちびっこだけがカップ麺なのも不思議に思わず、何かしら食べたら良いのだくらいに考えていました。元配偶者と姑には朝ご飯を作り(わたしは忙しいので食べず)ちびっこがたくさん残したから(当たり前です)元配偶者がちびには食べそうなカップ麺かなんかで、と話し出した時も、自分の頭で何も考えませんでした。

 

晩御飯の支度や買い物も、元配偶者が喫煙したくて夕方スーパーにわたしを連れて行く時間をあらかじめ予想して、声がかかれば絶対に行くように、また相手の機嫌が良くなるように、わたしからお願いしたりしました。元配偶者が良い気分でいたら物事が上手く運ぶから。

 

その中に、ちびっこの晩御飯の時間が毎日早くても8時すぎ、ひどい時には夜中10時半などになっていることも、眼中にありませんでした。とにかく姑の気にいる柔らかい物を作り、買い、食べてもらう。元配偶者には別メニューで作る、買う。ちびっこはただハイハイと食べてくれたら波風が立たないくらいに考えていました。

 

朝ちびっこがなかなか起きれないのも、グズグズ言うのも、宿題をサッとしないのもいらいらしました。元配偶者が優しく話しているうちにやってしまえばいいのに。怒鳴られたら自分が損なのよ、とかよく言いました。間違っていました。

 

朝ご飯のカップ麺も、ちびっこはもうあまり食べませんでした。わたしは夜中じゅう姑に呼ばれトイレに行き、トイレの始末をし、着替えをさせ、隣室からずっと、本当にずっと幻覚でなにかを見ながら話したり叫んだりする姑に悩まされて不眠になっていて、眠剤をもらって寝るようにしましたが、2時間くらいしかもたず、ふらふらでした。わたしは朝、とにかくちびっこが元配偶者の機嫌を損ねないで登校する事を願っていました。

 

当たり前ですが、ちびっこは勉強の習慣が身につかず、気が散りやすく情緒が不安定でした。毎朝毎朝号泣して、泣きながら登校するちびっこにわたしは、泣き顔が近所の方やお友達や保護者に見られては困ると考えて、顔を洗ってから行きなさいなどと叱りました。

 

わたしは当時、元配偶者の機嫌が良ければ日々が安泰でした。あまりにちびっこが泣き叫ぶ時は、まるでちびっこがわたしを責めて、わざといじわるをしているように感じて、なんでこんなに言うことをきかない子なんだろうかとすら考えました。

 

そんな毎日が突然終わり、わたしは頭が混乱したままでした。

 

シェルターやカウンセラーには耳触りの良い言葉をいくらでも言えます。でもだんだんと…あれ、あのカップ麺…毎朝の号泣…わたしという理解の無いばかな母親…

 

虐待だったんだ…と気がつきました。

やっと。

 

家庭という密室で、元配偶者の機嫌だけを優先させることに自分の力を全て使っていました。頼んでないし、ときっと言うでしょう…

 

わたしはもう20年も前からの、突然機嫌を損ねた元配偶者が、玄関で怒鳴り車を出したまま数日帰宅しない…どんなに教会で教会員の方の訃報や怪我や病気の連絡があっても、30回鳴らしても携帯を取らない、後で鳴らし過ぎるという怒る…食事を支度しても無視され、帰宅しない、何日も無視される、最後は毎回わたしが泣いて謝り、姑にもずっと怒られる…そんな日々がきつくてつらくて、ひたすら元配偶者の機嫌が変わらないようにしようとしていました。

 

わたしは結婚するまで、面前でわたしに対して男性が怒鳴るのを見たことがありませんでした。結婚して1ヶ月経たない時に家庭礼拝をしたいとわたしが言った事が元配偶者の逆鱗に触れ、土下座して、もう礼拝したいって2度と言いませんと泣いて詫びた時に、初めて激昂する男性を見ました。わたしはフリーズしてしまい、何も話せなくなり、何というのでしょうか、地に足がつかないふわふわした状態になってしまうのです。今もはっきりと、元配偶者の書斎部屋の椅子の足元に座り込んで、すみませんでしたと繰り返すわたしを、天井あたりから見ています。

 

その後も激昂した元配偶者が自宅を出て行く、帰宅しない、連絡も取れない、車に同乗している時は激しくハンドルを切り、振り回すようにされ口がきけなくなり黙り込むわたし、連日の無視で気持ちが落ち、そこへ、あんたが悪いんだという姑の小言が追いかけてきて居場所がない、かといってわたしはお金もなく出て行く場所もない…。

 

だからなのか、わたしはとてもとても元配偶者が怒るのが怖かった。とにかく元配偶者が怒らない事だけにわたしの時間をかけてきました。

 

いつのまにか、家庭の平和はそうやってしか保てないと考え、ちびっこや他の子供も協力は当たり前、じゃまするなんて最低…わたしがこんなに頑張っているのに…とすら思いました。

間違っていました。

 

結婚して数日後に元配偶者の前では意見をすぐに変えてわたしを責め、何もかも息子の言うことに従えと怒った姑をあんなに訝しく思ったのに、まさに同じになっていました。

 

この数日の報道を読む度に

「お前は虐待加害者だ、ちびっこが同じ目にあう可能性があった」という心の声が聞こえます。いたたまれず、床に座り込みます。申し訳なかった、悪かった。わたしが母親でなければよかった。そう呟いてしまいます。

 

ちびっこもこっそりニュース記事を読んでいる様子です。何を思うのかな。

 

千葉県の虐待死女児の母親が、本当に自分のした事に気がついた時には、女児がいないというさらなる地獄が待っています。母親の回復を祈りたいです。

 

わたしはDVを受けていたその母親に情状酌量を求めたいし、また必要なケアが与えられるように祈ります。あのどうしようもない閉塞感と心臓が締め付けられ足元が崩れる瞬間をわたしも経験したからです。

 

ただ、わたし自身にも言えることですが、DV被害者としての立場とは別に、やってしまった事、事実は変えられないと思っています。悲惨な状態であって、頭は考えることは出来なかったけれど、行為は取り返しがつかない。理由と状況はどうあれ、わたしは確かに毎朝ちびっこにだけカップ麺を出したのです。たまにおにぎりをしたりもしましたが、いま冷静に考えれば、もっと早く晩御飯を食べられるようになんとか考え、早く寝かせ、朝ご飯に食べたがるようなものを考えて少しずつでも、這ってでも作れば良かったのです。でも、結果としてわたしはそれをしなかった。その事実は変えられない。

 

いま虐待されている子供、考えることを停止したままの母親、たくさんの方々の回復を祈ります。

 

ちびっこは、少食ですが朝ご飯を食べて登校しています。宿題の習慣や生活習慣を身につけながら日々を歩めることを感謝します。支えてくださるたくさんの方々に感謝致します。

 

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