天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

大学に行きたかった……わたしは最低の母親です

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(画像はPinterestから)

 

わたしばかなので、昨日は夕方から泣きが止まらなくて、虐待死の報道で泣いて、勉強したかったなあと泣いて、わがままだなぁと泣いて。

 

子供を育て学校にやるのが第一で、でも勉強したかった。長女が昨夏に急に同居がきまり、とても嬉しかったし、たくさんの良い事がありました。ちびっこにも良い影響がありますし。

 

ただ、やはり、小学生と違い高校生にもなれば、そこそこ友達付き合いや経費もかかるし、被服費も必要です。わたしとちびっこだけの生活とはかなり違いました。

 

長女も、非常にハードな半年を一人で闘い、いま少し落ち着いたところです。長女の心の波風は神さまがご存知です。

 

実は長女がくる前に、わたしはちびっこの編み物教室と別に、わたしが習い事を出来ないか考えていました。なんとか食費を切り詰めて、工夫して、習い事の回数を減らしたら出来ないか……ずっと考えていました。

 

でも、女子高生が増えるということはやはり大変でした。想定外の事態が日々起こります。

長女は、なんとしても大学に進学するんだという強いモチベーションでこの1年を乗り越えてきました。普通の女子なら不登校になる程の激しい状態を、大学に行くんだ大学に行くんだ、と呪文のように唱えてやってきました。よく、頑張りました。

 

長女とちびっこは、学年がずいぶん離れています。長女が大学院に行けても、ちびっこはまだ高校生です。子育てが終わりません。

 

ふたりの学費、経費、必要な物品、被服費、食費がかなりかかります。

 

わたしは4人産んだ母親としての誇りを持っています。貧困に必要なのは教育です。長女ちびっこには大学進学を目指してもらいたいのです。もちろん大学以外の進学先でも良いから、視野を広めて欲しいのです。

 

わたしは高校2年の時に、教派内の看護科専門学校志望でした。マザーテレサに憧れていましたから。また、派内の教えで、安息日共通一次を受けるのは罪でしたから、一般大学を受けるのは大変でした。だから、看護科……。

 

けれど、賛成してくれると思った両親は大反対でした。派内には、女子は看護師または玉川大学通信教育を利用した教育学部、あとお粗末な英文科しかありませんでした。

 

両親、とくに母親は、看護師は夜勤もあり、小児結核をしたわたしには向かないと口をきいてくれなくなりました。母は、わたしが高1の時に乳癌になり手術、闘病になり、働くことは不可能でしたから、わたしは補助金が出る派内の看護科を希望しましたが、結局は折れました。

 

実はそれより先に、都内キリスト教主義大学に行きたかったのです。特に音楽を希望していて、中学生時代から、音大向けのレッスンを受けてきました。けれど実母の闘病は、わたしが一般大学に行く下宿代も学費も出せない現実を突きつけました。音大ではない、家政科を考えました。家政科の教職免許を取るといえば、両親は大学に行かせてくれないかと。

 

けれど父によばれ、わたしが大学に行けば妹が派内の寮生活の高校にいれなくなる、学費が足りない、妹のことを考えて大学は諦めてくれと言われ、仕方ないと諦めました。

 

最後に、模試を受けに行きました。帰り道の夕焼けがはきれいでした。

 

模試では志望大学の学部は合格ラインでした。行きたかった、受験したかった、情けないけれど、泣いて諦めました。

 

それならと、最後の望みで、大学ではなかったけど、派内の看護科に行きたいと両親にはなしましたが、さきの理由で絶対ダメ。英文科か教育か、どちらか以外はだめ。

 

父がいうように、学費の減免がある派内の短大英文科に行きましたが、5つのアルバイトに明け暮れ、帰省旅費を自分で稼ぎました。みんながオシャレしていたクリスマスパーティーもバイト中でした。

 

妹はたまたま当時、父が転勤でいた場所近くに志望校があり、無事に受かり卒業しました。心が狭いわたしは、妹がうらやましく思いました。

 

就職し、それでも諦めきれず、自費を貯めてチェロを買い、レッスンに通いました。

 

結婚したら、元配偶者実家には、音楽はありませんでした。ピアノや楽器はかっこうをつける為に思われていました。特に小学校に行っていない姑は、自分の知らないことを嫁が持ち込むことは許しませんでしたから、礼拝奏楽の練習も、チェロの練習も、家で禁止されました。

 

教会堂が当時離れていたから、奏楽の練習がゼロになりました。

 

いま、話題の学習性無力感になり、わたしは結婚後に、大好きだったピアノもチェロも触れなくなりました。

元配偶者は、チェロを実家に預けるように言い、いらないんだから、バキバキにして火にくべるとよく言いました。これを実母が聞きつけ大げんかになったり。元配偶者は、実母が冗談のわからない女だとカンカンでしたが……わたしの、独身時代に必死で買い、練習したチェロ……わたしの大切なものは、彼には場所を取る置き物でしたから。いま、チェロは、次男にあげました。高校でレッスンを受けることができましたから良かったです。

 

その後、転勤で転々としても、ピアノは、家で弾けませんでしたし、子供も練習出来ませんでした。姑は基本、通院以外は自宅にいてテレビをつけっぱなしでしたが、特にピアノをうるさがりました。ミュートしても……。

 

宮崎でも、姑の寝ている部屋はふすま一枚の仕切りでしたから、全く弾けませんでした。そして、あのピアノは、元配偶者が持っていってしまいました。

 

わたしは……

わがままでばかで、能力がなく自分勝手です。

オルガンを習えたらと、ひそかに考えていました。けれど高校の学費、経費、ちびっこの習い事……(安いけど…)

やはりどうしても無理なのです。

 

もう何年も、奏楽以外では弾いていない手……もう、動かなくなっていきます。

 

皆さまが、子供たちが手を離れたらと言われますが、オルガンやピアノは、遅い。もう間に合わない。手が固まってしまうから。

だからもうあきらめるしかありません。泣いても叫んでもお金がない。できないことはできないのです。

 

貧困には教育必要です。だから長女ちびっこには、好きな学びをしてほしい。

なのに、わたしにも少しだけと考えたわたしは、酷い人間です。自己中心的で救いようがないバカ。この数週間、また、道を歩いていてもわたしの口がふとつぶやく「早く死んでしまえ」「要らない母親め」わたしを傷つけるわたしが、本当のことを言う。子供を育てるのだ。わたしの希望など無意味。

 

いまは、子育てのひと段落ついた方々が、大学に入り直したり、さまざまな勉強をするのが流行りらしいです。

 

うらやましく思います。

 

高い経済力、

衰えない学力、

理解ある旦那さん、

子供たち、

学校の友人、

……うらやましいです。

きっとそのかたがたは、わたし達なような貧困は、一生知らないまま終わります。たまに募金や支援して終わり。隣の家の子供はフードバンクを楽しみにしていたり、父親が子供を殴り倒しているのも知らないで。

 

ついにわたしがほしくて

手に入らなかったものでした。

 

かつて

独身時代に付き合っていた彼から 

「ほんとに勉強したかったら、夜学でもなんでもいけよ」と言われて泣きましたが、

 

もしも今、実際にわたしがそんなことをしたら、長女の進学が無理になり、ちびっこの将来が潰れます。人生は、理想では生きられません。お金が必要です。わたしには、ちからがなく、お金もありませんから、あきらめなければいけない。

 

勉強したかった。

大学に行ってみたかった。

手が動くうちに。

 

子供に押し付けるのはよくないけど、好きな大学で楽しい学びをしてほしいです。

 

ああ。

勉強したかった。

勉強したかった。

 

宗教規律、実家経済など仕方なかったけど、気持ちだけ残りました。大学に行きたかった。

 

神さまは試練を益と変えてくださる。

でもたぶんわたしには違うなあ。あとあとになって「あの時大学に行けなかったのは祝福でした」ってわたしは言えないと思います。無理。絶対。神さまはわたしにいじわる。

 

でも、世の中にはもっと過酷な試練を頑張って戦っている方々がいて、皆さまに祝福がありますように。たぶん、心の清い素晴らしいかたがたに神さまは救いの手を差し伸べてくださる。

 

わたしはわがままなバカ。わかっているけどたまに泣いてしまう。勉強したら人生も変わったのじゃないかなとか。わたしは母親として最低だ。子供たちに申し訳ない。

 

わたしは未熟でバカな母親です。

どうか神さまが十分に罰してくださいますように。神さま、わたしを撃って。契約の箱に触ったウザのようにり。お金を隠したアナニヤとサツピラのようにら、欲にまみれ、神に嘘をついて撃たれた。

 

神さま、今撃ってください。

わたしは、神に対しても人にたいしても、罪を犯しました。撃ちたまえ主よ。

いきるに値しないわたしを。

 

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