天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

わたしの中にある光とか神さまとか信仰とか

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数日前にシェルター管理者から連絡があり、用件以外に近況もきかれたので(でも2週間前に一緒にお昼ご飯食べた)いろいろ話していましたが……

 

その時に

 

「あなたが今まで、子供時代も含めて、さまざまな蹂躙や虐待にあってきたことを考えたら、通常は、憎い悔しいの感情がかなり積もったり出てくる。でもそれがみえない。解離があると考えてもやはり違いすぎる。

 

たぶんあなたはとても優しくて、どんな目にあったとしても、だれか他人を恨んだり憎んだりはできないのだろうと思う。自分がすごく傷ついていても。良い悪いではなくて。」

 

と言われてびっくりー

 

えー、そうかなそうかな、優しいなら嬉しいなと思いました。

(すみません、こういう内容をこちらに書くこと自体が、自分をいい人に見せたいとか、実は誉められたいのでは、というご意見があるようでしたが、すみません、自分のなかではそれはなくて、もしそう思われるならもう見ないでくださいね。お願いします。気に入らないひとに関わらないでね。)

 

シェルター管理者は今まで数千人との関わりや、シェルター通過者数百人とのことで、たくさん人を見てきたそうです。もう設立以来、二十数年だし……。

 

わたしの中に毒がない、恨みはない、と言っていただいて、すごく嬉しかったです。正直なら気持ちです。

 

自分がその毒を、自分の中に解離の形で受け入れたなら、それもそれで仕方ないこと。

 

管理者に

「あなたの生育歴から、子供時代に、さまざまな事があっても、親に守られて生きてきたのかなとは思うし、それは良かった」とも。

 

そして

「自分は、何百人も話してかなりわかるようになったけど、あなたはどこまでも優しい。

気持ちのなかに、恨みつらみがない。

 

むしろ、あなたの中に、光とか、芯みたいななにかがあるけど、それは、なに?

 

神?信仰?」

 

と聞かれました。

 

かっこいいこと言えたら良かったけど言えなくて笑笑

 

「えー、なんだろうー」とか……笑笑

 

でもそれを聞かれたときに

 

いま自分がここに居る理由がなんだかわかった気がして。

 

わたしは

わたしの中にある

光とか神さまとか信仰とかが

だれかに見えるために

この道を歩むのかな、って。 

 

神さまのみむねはわからないけど。

 

わたしの人生は

ずいぶんと

蹂躙と虐待に満ちたけど

 

もしかしたら

そこにいたわたしが何か

 

光とか神さまとか信仰を

あらわすことができるのなら

それは

生きるに値するかも。

 

自分ではもう

ダメダメで

どうしようかと思っていたけど

まさか、っていう感じで

啓示されたように思いました。

嬉しいです。

 

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