天使のはしご 3月町だより

"March comes in like a lion and goes out like a lamb."

あの小さな子供たちを連れて旅行に行きたい気持ち

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まだ子供が長男次男だけの頃、教役者家族の修養会がありすごく楽しみにしていたけど、同居姑が費用補助が出ないと元夫と姑が怒り、その間義妹宅訪問など?または費用出して修養会に?と提案したけど撃墜され、さらに行きたいと言ったわたしが責められ断りの電話をかけさせられました。

 

元夫に「出好き(出歩くの好き)だから困るやつ」「親(姑)の気持ちを考えろ」と言われ断ったけど、元夫上司が心配してわたしに直接電話がきました。

「子供たち連れて遊びに来たら?大きな回るプールもあって喜ぶよ!」って。その電話受けた隣に元夫がいてきちんと断るか聞いてた。

 

その上司の先生はわたしの後輩の父親でわたしも小さい頃から知ってる方で心配してくれた電話、わたしは嘘をついた。「子供が騒ぐからいけません」すごく楽しみにしていて、行きたかった。断る会話、先生の声、隣に元夫、鮮明に覚えてる。嘘をついてごめんなさい。行きたかった。

 

結局、姑が一緒に行けないからという理由で家族旅行も1度も無かった。長女ちびっこは家族旅行の意味を今年知った。本当は行きたかった修養会、嘘の電話、先生は数年前に亡くなられ後悔してる。嘘ついてごめんなさい。誘っていただいて……。あの頃の小さな長男次男を連れて旅行に行きたい……悲しい。

 

できなかったことを話すと、支援者から「旅行に行き新しい思い出を作って」と言われるけど、わかるけど違う。あの時の小さな子供を連れて行きたい、残念な気持ちをどこに納めたらよいかがわからない。

医師に話したら「残念だったねと受け止めてもらえて初めて次かな」と。

 

大学心理療法センターとも話したら「行きたい気持ちを否定されただけでなく断りを言わされ、二重に否定された形だから心に蓄積したのだろう」との事。そうだ、残念だったのだ。あの時どうしたら良かったのかわからない。どうしたら正解だったのだろう。記憶に取り囲まれる。消したいのに。

 

鮮明な記憶の断りの電話と対照的に、ぼんやりと思い出すのは……

 

その修養会が開かれていた日、

なんだか長男次男をみながら、ああいいなあ、今頃みんな回るプールに入っているのかなあ……って。

 

その時、修養会の場所は決して遠くはなくて、気持ちは募りました。

 

小さかった長男次男を連れて行きたかった旅行。プール。

時間は取り戻せない。過ぎ去った過去は変えられない。子供たちはわたしの手の内にはいない。

 

豊かな子供時代をあげられなかった。ごめんなさい。許してください。

 

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